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2006.05.17

荻原御大に会う

鉄道ピクトリアルなどに古い写真をたくさん提供してくださる荻原二郎氏のお宅へお邪魔させていただく機会を持てた。

御大は90を越える年齢だが、言語明瞭、知識豊富、なにより写真整理が秀逸で400冊近くあるアルバムのどこに何が写っているかを即座に答えてくださった。

また今もなお現役のファンで、心意気もお若いまま。お話を聞いて苦笑してしまった

「大井町線の8590の写真だけどこれは赤の時代のもんだ。これはほんのわずかの期間しか走らなかった」と(詳しくはこちら

私たちも「レアモノ」と称して珍しい写真を撮ったら羨望のまなざしで見られるものだが、御大の年齢になってもなお「レアモノ」を追いかけ披露する姿勢を見て「俺なんか御大からみればまだまだまだまだ×10だ」と。そして少年の心を今もなおお持ちの姿を見ていっぺんでファンになってしまった。

仕事とはいえ、素敵なご老人にあえたことを神に感謝したい。そして私も御大のようにいつまでも少年の心を持ったファンであり続けたい。

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2006.05.08

訃報 曽我町子さん

オバケのQ太郎初代声優で有名な曽我町子さんがお亡くなりになった。享年68歳、ご自宅で死去、友人が発見したそうだ。

曽我さんといえば私がまず思い出すのが「レインボーマン」のゴットイグアナ役である。後日談として曽我さんが話されていたが、本来はイグアナ役の塩沢ときさんがそのままゴットイグアナをやる予定だったが塩沢さんが固辞、そこで曽我さんにお仕事が回ってきたようだ。役では母親だが、実際は塩沢さんよりずっと若かったと聞く。

次は「電子戦隊 デンジマン」のヘドリアン女王の役、とてもはまっていた。好演が良かったのか次作「太陽戦隊 サンバルカン」にそのまま出たという後にも先にもこれしかないという例を作った。また曽我さんは戦隊モノに縁があり「恐竜戦隊 ジュウレンジャー」では魔女バンドーラとして熱演をふるった。

昨年の「魔法戦隊 マジレンジャー」では初の正義側を演じ、その元気なお姿を拝見させていただいたのであるが、放送終了後にまさか訃報を聞くとは思ってもみなかった。

心よりご冥福を祈る

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2006.05.07

客多すぎてトイレ限界、閉店繰り上げ…岐阜の大型店(読売新聞)

リンク: @nifty:NEWS@nifty:客多すぎてトイレ限界、閉店繰り上げ…岐阜の大型店(読売新聞).

岐阜では路面電車が廃止されるなど商業的に厳しいかと思っていたが意外な問題が起きた。と同時に潜在的お客が岐阜にもきちんといるということを証明した。

場所は本巣である、市内線が廃線に追い込まれ、そして樽見が危ないといわれている場所である。今、調べたところ樽見鉄道の駅のまん前がこの「モレラ岐阜」のようだ。

無料駐車場5000台が光る。やはり5000台は大きい、今回樽見もこの恩恵を受けたのであろうか。こうなったら樽見はLRTになってここへのアクセスを中心とした対応で再出発をしたらどうだろう。

東京もアウトレットモールは都内で作ることができず、郊外になった。南町田などは単なる住宅街だったが道路の混雑も相まって「グランベリーモール」ができてすぐ急行が臨時停車、先の改正で土休日は完全停車まで進歩した。中部国際空港で名古屋人の潜在的購入意欲が喚起されたわけだからここは岐阜が一気にこの意識を落とさずにここで地域再生を図ってもらいたい。

そのためには「まずは下水やることだね」

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