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2005.01.15

出世した車両

鉄道車両の一生は様々だ。事故で廃車となるもの、その路線で一生を終えるもの。売られるもの。事業用車に改造されるもの。末期は壊されない限り、本来の使われ方より「格が下がった」使われ方をされるのが普通である。

たとえば581系、これは寝台特急電車であったが、国鉄末期に普通用に改造され北陸、九州、東北へと旅立った。それでも生まれながらの顔を持つクハはマシだが、サハから改造された先頭車は「取って付けた」ような車両となり、寝台特急の風格も消えてローカル線の足となった。北陸では未だ現役である。

幸運なことはこういう車両こそ「マニア」が追いかける比率が高く、沿線では「穴人気」となるのが面白い。

さて極めて稀なケースとして「出世した」車両というのも存在する。本来の使われ方よりも「格が上がった」使われ方をされるわけだ。

サロ110-501という車両がいたようだ。私は実物を離れた位置で一度だけ見たことがあるが、サハ153をグリーン車改造したもののようだ。このサロ110はサロ124などのダブルデッカーが出る前はたいそう変わった車両が満載の形式で、特急サロの格下車が数多く編入されていた。そんな格下げ軍団の中の出世頭がサロ110-501だったらしい。平成の早々には廃車となっている。

さて、もう一つが今回取り上げる「マニ24-500」である。この種車は何と50系客車である。
manino

50系客車、国鉄が最後に出した客車の系列でレッドトレインとも呼ばれた。なんとも奇妙な出で立ちだったが当時老朽化されていた旧型客車を置き換える立役者ともなった。その系列の荷物単独がマニ50。この種車である。

50系客車、中でも事業用車は寿命が短く、落成から廃車がとても早かった。ただでさえ生き残るのが大変だったのがなんと普通用からブルートレイン、それも北斗星用と偉大なる出世、平社員から一気に部長になったようなものである。

これは北斗星用の24系客車がおおむね利用状況からみて飽和状態だったので増発をするにもあえて新製車は作らず改造や転用(北斗星が勢力を伸ばすのと反比例して九州ブルトレなどが廃止で転用が効く)で対応したのであるが電源車はどうにもならない。そこで遊休車だったマニ50に白羽の矢が立ったようだ。

どことなく愛嬌のある顔立ち(元々妻面には窓はなかった)であるが、側面は現役当時とそんなに変わっていない。同じ電源車仲間でも明らかに異端児であることがわかる。その昔20系の電源車「カニ22」(パンタグラフを搭載していた)が25系の九州地区分割電源車のカヤ25として返り咲いたものと傾向は同じだが、あちらは腐っても元特急車、こちらは生粋の普通車である。

maniyoko

この車両、この列車に確実に入るというものがないので、出会いは偶然のみ。出会ったら客車仲間の出世頭、拝んでおくのも良いだろう。

manimae

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コメント

出世とは面白い概念ですね。
あと、僕が知っているのは、形式は変更ありませんが、JR九州のキハ40,47系が特急用に改装されたやつでしょうか。

格下げはいろいろありますが、格上げは確かにないですね。古いとこでは、157系は一応準急として生まれてきたのに、途中から冷房化され特急になりましたね。

Primera

投稿: primera | 2005.01.15 15:49

Primeraさんがコメントされているキハ40・47は、鹿児島中央~吉松を結ぶ特急「はやとの風」に使用されています。ローカル用の気動車キハ40系がまさか特急型になるとは意表をつかれました。

さて、格上げ改造の件ですが、最近JR東日本に登場している485系から改造のお座敷車シリーズが、お座敷車になったがために普通車からグリーン車に格上げになっているように思えるのですが、これをあげると俗にジョイフルトレインと称されている車両のほとんどが該当してしまうように思います。
あと、私で記憶がある格上げは581系でサハネ581からサロネ581というB寝台からA寝台に格上げ改造があったように思います。大阪と新潟を結ぶ夜行急行「きたぐに」で使用されているようです。

投稿: Kaz-T | 2005.01.15 23:19

サロネ581、僕も見たことはありませんが、2段寝台化された車両ですよね。

ジョイフルトレインは、車号がモロとなって、151系以来の懐かしい記号となったのが新鮮でした。

Primera

投稿: primera | 2005.01.16 01:37

コメントありがとうございます
primeraさん
157は記事書きする際に考えてはみました。でもあの電車は対東武の秘密兵器として「過ぎた装備」を持ったもので、私はあれは「生まれながらにしての格下げ運用」と判断して取り上げませんでした。その後は予想通り出来た装備で特急転用、去られてしまった日光線は東武に完敗と明暗が分かれました。

Kaz-Tさん
キハ40系列というと北海道でキハ400になったものもいましたね。また田沢湖線標準軌化のために一時的にキハ120が特急改造もされました。こう考えると近年は新造して対応するより改造で対応するケースが多いようですね。

投稿: SATO | 2005.01.16 09:14

初めまして。blogをめぐっているうちにたどり着きました。
早速ですが、

>また田沢湖線標準軌化のために一時的にキハ120が特急改造もされました。

あれはキハ110-300番台では?

あと原文にあるカニ22からの改造電源車は手元の資料だと「カニ25」になっています(荷物室つきだからのようですが・・・)。

投稿: ひろっぴ | 2005.01.21 22:45

出世車両ですか。
末期のサロ110はもう基本番台(これも格下げ)を差し置いて凄まじい状況でしたねぇ。で、サロ110-501の種車はサハ165-7です。113系の塗り分けだとオレンジ部分が多くて変な感じでした。
マニ24にはマヤ20という大先輩がいらっしゃいました。20系の九州内分割運転用の簡易電源車ですが、なんとスハ32(とその改造車)が種車で、その異端ぶりはマニ24の比では無いですね。私も写真でしか見た事有りませんけど、廃車時期と家族旅行の記録から実車を見ている可能性が・・・。
それから、特急「秋田リレー号」の車両はキハ110、111、112ですね。これ「専用新製車」です。後で格下げされました。この車両で格上げに絡む話は「座席」です。真偽の程は定かではありませんが、一般車格下げ時に外された座席が当時製造中のE217系のサロに流用されたとか。
他には、EF65の一般形から500番台への改造とか。交流電機でも特急寝台牽引用に改造されて1000番台になったのが2形式ありますけど、色は同じなのに比べて、EF65では特急塗装ですから別格。キハ65のエーデルシリーズ、キハ70のゆふいんの森も特急運用でしたからこれも該当するかな?
あとは〜、長くなったので止めます。では。

投稿: マニはら | 2005.01.24 09:07

コメントありがとうございます。
ひろっぴさん>
はじめまして。ご覧の通り穴ばかりのblogです。キハ120ってことはないですね。キハ110とでも書けばまだ可愛い間違いだったのですが・・ カニ25も合っていると思います。ちょうどマニはらさんがお書きになったマヤ20の後継車でした。

マニはらさん>
こちらでははじめまして。珍車、車両プロパティ界の大御所よりのご指摘ありがたく頂戴いたします。
マニ20に関しては廃車になってだいぶ後にその珍車っぷりを知りました。それにしても九州は珍車が多数入るようで。過去には181の博多乗り入れでサヤ421というのがあったとか。また平成ではハイパーサルーンの水前寺乗り入れでヨ8000の電源車とか。いずれも用途外の使われ方ですね。
また秋田リレーは格上げではなく格下げでしたか。その後いくつかの車両が北上線を去ったとも聞いています。

これからも不正確な記事がありましたらぜひご指導お願いいたします。と同時にマニはらさんも是非ブロガーに。
こればっかりは難しいでしょうか?

投稿: SATO | 2005.01.30 09:54

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