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2005.01.25

申し訳ないなぁと思いつつ 爆笑!

韓国へ行く楽しみの一つに「変な日本語の看板」というものがあります。日本語表記を現地の人がやるものだから特にカタカナで滅茶苦茶で爆笑してしまうことが多いのです。

もちろん異国の言葉なんですから自由自在に使えるわけないのはわかっておりますが、どうしても笑ってしまいます。これから紹介します。よかったらどうぞ。

case1  洋服屋にて

korea_0110001

いきなり強烈!
淑女ニシト カジヲアル
これはニット、カジュアルと思われるが、韓国ではシとツ、ソとンはしょっちゅう間違える。某巨大掲示板と同列か。
そういえばあそこから出た有名な言葉が「謝罪しる」でしたな。
ヅーソズ、神パソシ
折角T-シャツは書けたのにヅーソズ、そして神パソシ? パソシ? おそらくコットンパンツからみて「綿パンツ」のことだろう。

case 2  中華料理店にて
korea_0290002

韓国では今「無国籍料理」が江南地区で流行っていると聞く。それをフュージョン料理と言うのだが・・・・
フコージョソ

キター--------  ユとコも区別が難しいようだ


その昔「コシケあります」という表示が料理店の前にありました。「コシケ」? と思ったら「ユッケ」のことでした。

ヨン様も当然ながら「ヨソ様」と書かれていました。

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2005.01.22

続 講演会を仕切った話(偉い人にあった)

昨年の7月、講演会を仕切ったという話しをこのblogで書きました。講演者は元西武、ダイエーの球団社長であった坂井保之氏です。
本日、坂井氏が新しい本「激動 ニッポンプロ野球」(生活情報センター発行)を出版された記念のパーティに呼ばれることになりまして行ってまいりました。
方やプロ野球経営経験のある方、当方ただの素人と立場が全く異なります。よく私ごとき人間を呼んでいただいたと恐縮至極でした。

予想していたというか、まぁたぶんそうだろうと思った列席者、やはり大物が揃いました。
元パ・リーグ会長の原野氏、元横浜監督権藤氏、現西武の伊東監督をはじめとしてお歴々が出席なさっていらっしゃいました。

まずは漫画家水島新司氏の挨拶で乾杯、その後スポーツライター玉木正之氏や永谷修氏の挨拶などが続々と行われました。
殆どの方がTVやラジオを通じては知っていましたが、まさか目の前に立たれるとは。正直これほどあせったことはありませんでした。
伊東監督は料理をよく食べていましたね。権藤元監督は談笑をされていました。

また偶然ですが品川庄司の品川君のお母さんに会うなどの経験もさせてもらいました。パーティは終始なごやかで私もいろいろとお話をする機会をいただけたことを感謝しています。

肝心の坂井氏、プロ野球の行く末、特にパ・リーグは大変心配されていました。著書を読ませていただきましたが、講演でお話いただいた箇所も随所に載っています。特に球界再編でマスコミに載らなかった部分の記載が細かく、ひとまず終わった再編劇の復習にはうってつけの本だと思います。

最後にお礼を述べたところ「君は勉強をしろ。組織を離れて勉強することが大切だ」という激をいただきました。

先生! ありがとうございます。勉強を忘れず、たゆまず努力させていただきます。

40年以上生きてきてこれほど緊張した席ははじめてでした。

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2005.01.19

鉄ヲタと酒

当blogで何度も取り上げさせていただいているblogの師匠mattohさんが日本の鉄道を完乗されました。その立会いの席にお邪魔させていただきました。
mattohさんの人柄が出た、大変ほのぼのとして折り目正しいセレモニーでした。その宴会でのこと。

西新井駅至近にある酒の種類がめっぽう多い串揚げ屋さんで宴会が行われたのですが、私の周りには自然発生的に鉄道ファンを越えた鉄道ヲタが集中して完乗の話題そっちのけで「今日の115どうだった」や「りんかいの70-000に何時モハユニットが来るのかねぇ」といきなり濃い話で盛り上がっておりました。

そのお店はことさら焼酎の種類が多いようなんですが、私も含めてまわりは「全く興味なし」という連中が揃ったため、まさに「豚に真珠」状態でした。注文も「ビール」「梅サワー」「杏サワー」などどこの居酒屋に行っても飲めるメニューばっか。能書きが書いてある紙も誰一人読みこなせない。お店も困ったでしょうね。二次会もあったのですがこっちでは「ウーロン茶くれ」ですから鉄道には濃くても酒には全くの淡白なんでしょう。

かつてはよくオフ会をやったのですが、飲み放題にして「元取り」が出来たケースが極めて低かったのです。地ビールが有名とかいう店に行っても地ビールかどうかも最後までわからなかったなんて人もいたし、飲み屋で酒でもめたって例は皆無です。(食い物では好き嫌いが出た例はあったが)そして2,3本飲んだら「ウーロン茶くれ」ですから鉄ヲタと酒というのは案外関係が浅いのかもしれません。

かくいう私もキリンビールさえあればあとはなんだって良い。試しに奄美の黒糖焼酎を頼みましたが濃すぎて飲めず水でガンガンに薄くして流し込み、味も何もわからないという状態でした。

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2005.01.15

出世した車両

鉄道車両の一生は様々だ。事故で廃車となるもの、その路線で一生を終えるもの。売られるもの。事業用車に改造されるもの。末期は壊されない限り、本来の使われ方より「格が下がった」使われ方をされるのが普通である。

たとえば581系、これは寝台特急電車であったが、国鉄末期に普通用に改造され北陸、九州、東北へと旅立った。それでも生まれながらの顔を持つクハはマシだが、サハから改造された先頭車は「取って付けた」ような車両となり、寝台特急の風格も消えてローカル線の足となった。北陸では未だ現役である。

幸運なことはこういう車両こそ「マニア」が追いかける比率が高く、沿線では「穴人気」となるのが面白い。

さて極めて稀なケースとして「出世した」車両というのも存在する。本来の使われ方よりも「格が上がった」使われ方をされるわけだ。

サロ110-501という車両がいたようだ。私は実物を離れた位置で一度だけ見たことがあるが、サハ153をグリーン車改造したもののようだ。このサロ110はサロ124などのダブルデッカーが出る前はたいそう変わった車両が満載の形式で、特急サロの格下車が数多く編入されていた。そんな格下げ軍団の中の出世頭がサロ110-501だったらしい。平成の早々には廃車となっている。

さて、もう一つが今回取り上げる「マニ24-500」である。この種車は何と50系客車である。
manino

50系客車、国鉄が最後に出した客車の系列でレッドトレインとも呼ばれた。なんとも奇妙な出で立ちだったが当時老朽化されていた旧型客車を置き換える立役者ともなった。その系列の荷物単独がマニ50。この種車である。

50系客車、中でも事業用車は寿命が短く、落成から廃車がとても早かった。ただでさえ生き残るのが大変だったのがなんと普通用からブルートレイン、それも北斗星用と偉大なる出世、平社員から一気に部長になったようなものである。

これは北斗星用の24系客車がおおむね利用状況からみて飽和状態だったので増発をするにもあえて新製車は作らず改造や転用(北斗星が勢力を伸ばすのと反比例して九州ブルトレなどが廃止で転用が効く)で対応したのであるが電源車はどうにもならない。そこで遊休車だったマニ50に白羽の矢が立ったようだ。

どことなく愛嬌のある顔立ち(元々妻面には窓はなかった)であるが、側面は現役当時とそんなに変わっていない。同じ電源車仲間でも明らかに異端児であることがわかる。その昔20系の電源車「カニ22」(パンタグラフを搭載していた)が25系の九州地区分割電源車のカヤ25として返り咲いたものと傾向は同じだが、あちらは腐っても元特急車、こちらは生粋の普通車である。

maniyoko

この車両、この列車に確実に入るというものがないので、出会いは偶然のみ。出会ったら客車仲間の出世頭、拝んでおくのも良いだろう。

manimae

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2005.01.14

韓国のケーブルカー

ケーブルカーといえば東京近郊だと高尾山を思い出す人が多いと思う。電車に似た車両を鋼索で引っ張ってもらって上がったり降りたりの繰り返しで車両そのものも斜めに設計してあるという代物。鉄道趣味もこのあたりまで来るといよいよマニアから達人の領域に入ってきて、もう残っているのは「リフト」「ロープウエイ」だけ。さらに延長戦をお望みなら「エレベーター」と「エスカレーター」「動く歩道」あたりになってくる。もうこのあたりだと鉄道(車両)というよりは「搬器」ということで要は「動けば何でも良い」という世界だ。知人でこの領域まで行った人を知っているが、もはや私には付いていけない。

さて韓国もケーブルカーがある。ソウル市内の南山に昇るものであるが、てっきり上記の高尾山型かと思ったら「ロープウエイ」だった。

画像を出すと
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kr2

kr3

リフトのように連続で来るものかと思ったら意外にも箱はこの1つだけである。これが上がったり降りたりなのだが、平日のお昼に行ったところ待ち客0、誰も乗っていない。係員も暇そうだった。実利主義の韓国ではあまり好まれないのであろうか? 夜になるとまた違う顔を見せるのだろうか。

索道といえばこの方、ご自分のblogではあまり紹介していないようですが、この方によって私は索道趣味というものを知ったほどです。

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2005.01.13

もしも 昨日が・・・・

もしも昨日が元気なら、きっと僕らは失わなかった。もしも昨日、怒らなかったら。きっと僕らは楽しめた。もしも昨日がまともなら、きっと今日も元気だった。

韓国にあって日本にないもの。それは「バーガーキング」である。正式に言えば「日本には以前あった」と言うべきだろう。2000年頃突然消えた。

2chなどを見てみるといくつかの要因が悪く重なったようだ。

1)狂牛病問題・・・これによって極度の牛不信になった
2)マクドナルドの低価格化戦争勃発・・・バーガーキングは質での勝負なので太刀打ちできない
3)管理会社JTのリストラ・・・全体的嫌煙権の流れ
4)米国本国での不振・・・こちらもマクドナルドとの勝負

もちろん企業なので参入撤退は自由だし、それに竿を差すことは難しいのではあるが、避けられる要因はなかっただろうか。

もしも狂牛病を魔女狩りのようにせず、事実のみ静観したらどうだっただろう・・・
もしも景気が戻りかけていたときにバカな橋○首相が消費税を上げなかったとすれば・・
もしも気骨な経営陣がJTにいて文化を守るといったら
もしも庶民が低価格を魔法のように思わなかったら・・・・

もしも・・・もしも・・・ もしも・・・・

失ったものは大きすぎた。もう質で合格のハンバーガーは食べられない(ウエンディーズが善戦はしているが)もうあさはかな選択で失いたくない。

もしも今日がまともなら、明日はきっと良くなるさ。

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2005.01.11

新宿線新車が博物館状態に

blogをご覧の皆様、明けましてはもう遅いですね。本年もよろしくお願いいたします。
年末は大掃除や請求書を書くなどをやり、新年3日からは韓国訪問とあわただしい年末年始でした。韓国のお話はまた次回ということにして、今回は画像無しですが新宿線のお話です。

試作編成が間もなく引退というのはblog常連のKaz-Tさんがお書きになっておられますが、その後継車が新宿線に入線したという情報が入りました。実は年末に試運転などが行われまして、友人が撮影しております。

その試作編成というのがものすごい編成で、先頭車こそ新型ですが、中間車は在来車、それも従来の試作編成をそのまま流用していますので、試作、1次車、2次車と新宿線を走った車両の歴史がそのままずばり走るというなんともマニア泣かせのことをやってくれるようです。

この編成、試運転で終わるかと思いきや営業運転でも走るとのこと。これは驚きです。なおメトロでも8006は1次車、2次車、3次車、4次車(便宜的につけていますが、実際の呼び名は変わります)とこれまた変遷の履歴が一目でわかる組成になっておりますが、地下鉄は妙味十分です。

余談ですがメトロ東西線は編成ごとに歴史がわかるというこれまたマニア路線。ここで詳しく扱っています。

新宿線の新車はここに画像があります。

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