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2004.11.28

さくら・はやぶさ もう一つの視点

東京ー九州のブルートレイン、「さくら」が3月一杯で廃止になるというニュースがyahooに載っており、鉄道系blogにも多数紹介されている。
Kaz-Tさん
mattohさん

私の場合、寝台列車は事情があって乗れないのだ(寝ている間にものすごいいびきをかくので周囲に迷惑がかかってしまうため)したがって今まで寝台の名の付く列車には乗ったことがない。

そういえばこういうシーンを数度経験している。最初は東京ー九州 寝台急行廃止の頃だ。もう何十年も前の話である。高千穂・桜島という急行が健在で、それがなくなるという話だった。私は東京駅で見たような見なかったような思い出しかない。次は東北急行だ。これは最近のことだろう。急行十和田に八甲田がなくなるというものである。20系、14系だっただろうか。最後の方は覚えていないが、やはり10系寝台車をよく覚えている。尾久で仕事を終えたオハネ12などがシーツを取り替えられていた。そして今回の特急の廃止である。

廃止も止む無いだろう。前に書いたblogにもあるように4社またがって走ってくるわけである。各社の取り分はさして多くない。ましてや東海などは通過しかしてもらえず運賃の取りようがないし、保線の邪魔にもなる。もしこれが東と西の2社のみで残ったとしたらまだ可能性はあったかもしれない。しかし上野発、上越線ー信越線ー北陸線ー東海道線ー山陽線経由で走るというのも現実的ではない。このところこの列車が走り出す時間に東京駅にいる機会があるが、空の号車もあるように見える。

このさくら・はやぶさは車両的に見るとなかなかレアな編成である。まず14系、24系と異系列の併結である。おまけに所属が異なる。
kumamoto.jpg
熊本運転所所属ははやぶさの24系
nagasaki.jpg
長崎運転所所属はさくらの14系
renketu.jpg
連結されている

そもそも途中分割をする列車は電源確保のため14系と決まっていた(自車発電ができるため)しかしこれは電源車付きと自車発電という2種類の混結で対応している。昔なら考えられなかった。

車掌はJR九州の人が遠征で来ている。遠方からのお仕事は大変だと思う。
syasyo.jpg

それでも看板列車だし、残そうと思えば残せるし(事実 富士とはやぶさは残る)深夜の九州移動はもう夜行バスくらいしか残っていないので全廃はないとは思う。代替の車両がいないのだろう。別の項で書くが北斗星もJR後誕生とはいえもう15年以上走っているので車両がいつのまにか置き換わっている(同じ24系だからわかりにくい)、新造しようにもどの会社が持つか、また持ったところで使い道はあるかなどを検討した結果だろう。

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コメント

 こんばんは。

 このニュースを聞いた時、「ついに来るべき時が来た」という感想でした。個人的には、10年ほど前に食堂車が廃止された時でブルートレインは死んだと思っています。食堂車廃止直後に「はやぶさ」に乗ったことがありますが、営業をやめた食堂車では軽い食事や飲み物は売っていたものの、その食事というと冷凍されたたこ焼きでした。それを電子レンジでチンするというもので、正直興ざめでしたね。

 逆な見方をすれば、それから10年間もよく走り続けることが出来たなと返って感心したりもします。

投稿: mattoh | 2004.11.28 21:31

blogにコメントとトラックバックを頂きまして、ありがとうございます。
記事の中で、実際に14系と24系が連結している様子がよくわかりました。
しかし、これで東京発九州行きブルートレインの結末が見えてきてしまったように思います。少年時代、憧れだった九州方面ゆきブルートレインの惨状を見るにつけ、そのように感じてしまいました。

投稿: Kaz-T | 2004.11.28 21:39

コメント遅れて失礼しました
>mattohさん
長崎に縁のあるmattohさんならではの正しいコメントですね。私も役割が終わった気がしてなりません。人手がかかりすぎるんですよね。もし中間駅に全く止まらないということだとすれば人手も半分以下に抑えられますが、今度は魅力が全滅です。飛行機にないメリットが出せればよいのですが
>Kaz-Tさん
4社に分割したのが完全に裏目です。思い切ってJR貨物に運転を委託させたらもっと生き残る可能性があったかもしれません。

投稿: SATO | 2004.12.18 09:02

SATOさん、こんばんは。

この記事を拝見して、小学校6年生の時に子供料金で乗れる最後だからとお年玉を貯めこんで鹿児島(桜島・指宿)に一人旅したことを思い出しました。

はやぶさのオロネ25に乗りまして、あの時はセンセーションでしたね。
今でも国鉄の袋に入った、タオルは使わずに持っています。

時代が変わったとはいえ、何とも寂しい限りです。

投稿: 五穀豊穣 | 2004.12.20 19:02

 高度経済成長がピークにさしかかった昭和46年に中学を卒業し、集団就職で上京した私が、帰郷する時いつも利用したのが寝台特急さくら号でした。その後、生産現場から営業へ移ったある日、横浜駅ホームで偶然に、下りのさくら号を見た時、不覚にも涙を流してしまった思い出があります。
 なくなってしまうことはとても残念です、、。

投稿: 中村 昭司 | 2005.03.01 16:54

五穀豊穣さん
オロネ25に乗られたのですね。あれは20系以来の個室寝台ということで当時話題になりました。九州ブルトレが再度脚光を浴びたのですが。国鉄の袋に入ったタオルは羨ましいです

中村昭司さん
はじめまして。集団列車で上京なさったんですか。私は東北方面の親戚ばかりなので九州の特急は縁遠くとても感慨深く読ませていただきました。時代が一つ終わりました。

投稿: SATO | 2005.03.14 20:17

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