« 紅白電車 参上 | トップページ | さくら・はやぶさ もう一つの視点 »

2004.11.14

2つのさよなら ~名車に送る鎮魂歌

京王で奇しくも今日2つのさよならがあった。

京王線の名車5000と井の頭線の未更新車3014である。2つの車に送るレクイエム

何を思っているだろう。星空を安堵の気持ちでながめているのだろうか。
日本がまだ成長を確信していたとき、貴殿らは生まれた。沿線の空は高く、人々は忙しかった。ファンは優しく、友は多かった。
5000chouhu0003.jpg
調布にて
5000sasazuka0004.jpg
笹塚にて

時は貴殿らの活躍を暖かく見、そして冷たく世代の交代を用意した。昭和という年号と別れ平成という年号がはじまった時、貴殿らの「引退」という現実がそこにはやってきた。

5000よ、貴殿は車体の短さから一足先に後輩へと道を譲り、自らは裏方へと移動した。友は売られ、壊され一人ぼっちとなってしまった。
3000よ、貴殿はその優雅さが幸いして化粧直しをした後輩がもうしばらく沿線に残ることになった。貴殿は引退の選択をさせられたようだ。

今日、貴殿らの長い長い車籍が終わり、京王の車両としての運命は尽きた。最後までファンに追われ、愛された貴殿らはある意味幸せだったかもしれない。

さらば盟友よ。仲間は地方で頑張っていると聞く。安心して旅立ってほしい。

5000exp.jpg
若葉台で行われたデワの引退式。久しぶりに急行のサボをつけた
SN250718.JPG
明大前にて

|

« 紅白電車 参上 | トップページ | さくら・はやぶさ もう一つの視点 »

コメント

セピア色の写真が時代を感じさせますね。「急」という板看板も懐かしいですね。

Primera

投稿: primera | 2004.11.15 01:29

さすがは、名車5000系全盛の時代を知っておられるSATOさんならではのレクイエムですね。読んでいて感動しました。

京王の発展とイメージの形成とともに一時代を築いた両車の終焉は、これで1つの時代の終わりを告げるといっても過言ではないと思います。これら名車のあとを継ぐ車両が、いずれもどこか5000系・3000系のイメージが残っているところに、この両車がいかに多くの人に愛されていたかを物語っているように感じます。

投稿: Kaz-T | 2004.11.15 20:46

 はじめまして,Alice堂です。
 井の頭線の3714には,見覚えがあります。実際にも見ていますが,かつて毎日新聞から出版された,大型のカラーグラフ誌の表紙です。このグラフ誌は,主に私鉄の電車の写真を集めたいわゆるムックといわれるものでした。新聞社のカメラマンを動員したといわれる電車の写真は,なかなかツボにはまったいい写真が多かったように記憶しています。当時の新車として,この3714が紹介されていました。すくなくとも20年以上前の本だと思います。当時新車として紹介されていたのですから,3714の車歴と同じくらい以前の出版ということになりますね。

投稿: Alice堂 | 2004.11.23 21:16

コメントが遅れまくって本当にすいません。
>primeraさん
京王帝都は井の頭線も「急」を使っていました。なんとなく味わいがあります。
ライバルの小田急が早々に幕式の種別表示をしていただけに関東ではレアなケースでした(他は京成くらい)
>Kaz-Tさん
5000の生まれ変わりが9000とも言われています。私は今回再度見てあの並んだユニット窓に感激しました。井の頭線ではもう少し見られます。やはり2段窓は締まりますね
>alice堂さん
ご挨拶遅れました。すでにblogにコメントさせていただいておりますが鉄道中心のblogです。またお越しください。3714は井の頭線では中ほどにできた車両でした。1両だけクーラーの形が違ったのは後に増備されたから。こんな楽しみもありました。

投稿: SATO | 2004.12.18 08:58

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/14942/1963513

この記事へのトラックバック一覧です: 2つのさよなら ~名車に送る鎮魂歌:

« 紅白電車 参上 | トップページ | さくら・はやぶさ もう一つの視点 »