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2004.10.27

西武ライオンズが始まった日

西武ライオンズが優勝した。ゴタゴタ続きの70周年プロ野球、その中でかつて身売りだなんだで世間を揺るがせ、そして最強となったライオンズ、今年はパリーグ2位という位置から勝ち上がって日本一を取った。まずはおめでとうと言いたい。今年はライオンズ関連の講演会を仕切っただけに感慨もひとしおである。


そのライオンズがもうどうしようもないくらい弱かった時期、そう球団創立元年、ミラクル元年と球団歌では歌われるが、そんなことが全く夢物語であった創立のときに西武球場でアルバイトをしたことがあった。そのときの思い出を書く。

西武が福岡から所沢に引っ越してきたときに選手の大幅な入れ替えがあった。福岡時代から引き継いだ人間は半分いたのだろうか? 思い出すと、土井、大田、鈴木葉留彦、東尾 この程度しか覚えていない。とにかくクラウンは他を引き離すほどの不人気チームでオールスターも規定枠の2人しかいつも出ていなかった。
有名な田淵のトレードや山崎裕之と白の交換、基の横浜行きなど福岡の遺産を総とっかえした感のある西武ライオンズの船出、資金に悩んだ坂井代表も今回は松沼兄弟を巨人との争奪戦で勝ち取り、森繁和もいると盤石のスタート、誰もが旋風を巻き起こすかと思われた。

が、勝てなかった。山崎が骨折というアクシデント、田淵のファーストという不慣れに松沼弟の大誤算と西武は勝てなかった。太平洋時代まぐれの首位打者と言われた吉岡がエラーの連発で内野がザルと酷評された。
太平洋の門出のときは青木氏がすっぽんの根性で引き当てたビュフォードの勢いもクラウンでは中日で終わったデービスを引っ張るという低予算の対応、潤沢な資金の西武ならもその選球眼は遠く、マルーフ、ミューサーも2人も全く働かないと多難の門出だった。

アルバイトの私たちもファンから相当怒られた。今思えば理不尽だが、ファンは怒っていた。田淵がその筆頭で金網でオヤジが「田淵! 大阪に帰れ!」と罵っていた。
バイトの対応もあまりよくなく、着替えは狭山スキー場のロッカールームだった。警備という契約だったのだが、ゲーム後掃除までさせられて暗くなる頃帰途に着いた。良かったといえば日払いだったことくらいだ。

通勤経路も悲惨で、レオライナーがなかったため 競艇場前(自宅最寄)-武蔵境ー国分寺ー東村山ー所沢ー西所沢ー西武球場と西武総なめという経路、直線距離た大したことないのに乗換乗換で西所沢に着く頃はヘトヘトになっていた。

バイトは長く続かず西武の好調を知ることなく辞めてしまったのだが、今でもあの罵声は耳に残っている。

その後常勝となったチームを見るたびに、辛い門出を思い出すのである。

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2004.10.25

湘南新宿ライン ここが変わった

湘南新宿ラインが増強されて1週間たちました。blogでも人気でコメントをくださる皆様もたくさんの感想を書かれています。私はちょっと変わった視点で書いて見ます。

まず、今回の増強を機に行先表示が変わっています。従来ですと湘南方面は「横須賀線直通」という表示が正面で側面が「新宿経由 大船」という表示でしたが、今回から変わりました。正面には「湘南新宿ライン」です。
231mae.jpg

側面にも「湘南新宿ライン」が表示されるようになりました。

tokkaitakasaki.JPG
特別快速高崎行きです

tokkaitakasaki2.JPG

これですっきりわかりやすくなりました。

もう一つ、東海道線の113置き換えに充当するのですが、国府津電車区にもE231が配置になりました。E231、椅子が固くて大変評判が悪いのですが、国府津の配置は多少クッション性能が上がっており、着座が苦痛ではありません。ただ、サロを入れる関係で2両だけ小山の車を転属させていますので乗車の際はご注意を。見分けるのは簡単。室内のLEDが2段のものが国府津の車です。

kouzuled.jpg

2段仕上げは0番台の常磐仕様車から採用。同じ0番台でも総武配置は1段です。山手配置の500番台は液晶モニター

また湘南新宿ラインは原則的にE231に車種統一された関係で走行曲線(ランカーブ)の見直しがかかり、走行速度が上がりました。今までもうひとつチンタラ走っていた印象でしたが、これで一掃されました。

昔の画像が見つかったら対比写真として再掲載します。

湘南新宿ラインの感想は こちら こちら  いずれも力作です

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2004.10.24

やはり

一場に阪神・横浜も金このニュースを見て「あたりまえじゃん」と思ったのです。

このblogでも紹介した元西武、ダイエーの球団社長 坂井氏も「表には出ていないけど裏では金が動いているんだよ」と講演ではっきり言っています。

私は金が動くことは悪いことだとは思いません。学生ならダメであるならどうして選手がFAで再契約金を取るのが良いのでしょう? 学生野球をして素質があるからプロに行くわけであってまさか学生野球は学業優先でスポーツは二の次などという時代遅れの感性を今時持っている人は少ないと思います。

だったら外交官になるために東大を目指す人間に「東大は学業をするところで学歴を取るところではない」と言えるでしょうか?

お金をもらったって優勝に貢献する、ファンの心を熱くするプレーさえ見せてくれれば良いのです。もし今、ヤンキースの松井が「俺ももらっていました。阪神と巨人からです」とか言ったらどうなるんでしょうね。イチローも「中日からたくさんもらっていたのですが指名してもらえませんでした」とか手記を書いたらどうなるんでしょうね。

かくいう私だって少額ながらもらったんですよ。就職活動時代に。当時は青田刈り禁止が明文化させる直前で順当な就職試験は10月1日からだったのです。しかし私は3年生から動きました。5月に某会社に電話したら「あさって来てくれ」と言われ面接、その日のうちに二次面接の案内が来ました。最終面接は6月で本社のある西日本へ行けと。新幹線代と旅館代をあっさり出してくれました。私は行きがけに甲子園で阪神戦を見ることに、鉄ヲタ人生は止まっていましたがしっかり阪神電車にも乗せてもらいました。領収書なんか当然求めてこない。周遊券で行ったから差額は全部小遣いです。

10月1日 運命の「協定就職解禁日」 私達事前内定者は「研修」と称してとある温泉で遊んでいました。当然全額会社持ち。まぁその半年後に地獄の研修で取り返されるわけですが。

野球はたまたまその金額が大きかったってことですよね。だから世論もそんなに騒いでいません。自分の胸に手を当てる人が多いのでしょうね。


心配なのは犠牲となった一場の将来とこれから先のドラフトです。今年は別としても来年以降はまず間違いなく清廉潔白なドラフトになるはずですから予想以上の入団拒否が出るはずです。また指名もよほど自信がない限り声はかけないでしょう。学生も制約があるくらいなら安い給料でも思いっきりできる大リーグの傘下に入団するものや、野球を趣味にして普通の会社に入るもの(かつていた慶応の志村のようなタイプ)や野球人生が終わってもそのままサラリーマンとして残れる社会人野球にいってしまうかもしれません。

プロとは何かというをもう一度考えて欲しいのです。高校野球の上手いヤツ選抜ではプロにはなれません。魅せる技術が集まったのがプロなんです。

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2004.10.18

見送られるモノ、見送る者

やっと書けます。不調が長かったぁ・・ 失礼しました。

10/16はJR東でダイヤ改正がありました。湘南新宿ラインの増強ということでスピードアップも加わりかなり利便性が上がっています。

反対にひっそりと消えた、派手に見送られたモノがあります。

特急「すいごう」はどちらでしょう。これは同線を走る「あやめ」に愛称を統一されるもの。なくなる前に撮影をしておきました。

ayame.jpg
あやめは183の0番台という希少価値の編成

suigo.jpg
消えてしまった すいごう

消えるのも無理はないのです。状態が最悪。

sokumen.jpg

塗料がはがれ、さびが浮き出す始末

しかしそんな状態の彼らを見送る者がいまた。自分も含む鉄ヲタ軍団。どんな状態かを画像で出してみましょう。

tetuota.jpg


東横祭りではすっかり洗練されてしまった「見送り軍団」でしたが、こういう姿を見ると妙に安心する自分がいます。

オタに関しての考察はprimeraさんのblogにあります。

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2004.10.12

blog絶不調

文章は前の会社に居た頃から書き続けていたので比較的大量に書くという行為には慣れていたと思っていたが、ここへ来て全く書けないという大スランプが来てしまった。

毎回巡回してくださる皆様へ何としてでもネタ出しをしたいし、西武のことも書きたいしと意欲はあっても筆が進まない。いやはや困ってしまっている。

仕事が少し忙しくなってきたのだろうか? どうしても感性が鈍くなってきているのだろう。

そういうわけで申し訳ないです。もうちょっと待ってください。いただいたコメントに返事を書くことにします。

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2004.10.03

湘南形

鉄道ファンなら誰でも知っている湘南形 20世紀最大の鉄道ヒット作ではないだろうか?

国鉄80系に端を発して大手私鉄はもちろん中小私鉄までそのデザインははやり、採用された。

しかし最近その姿を見ないのである。関東大手で似たようなものを採用した車両はというと
京急・・460、500、旧600
東急・・旧5000(5200)
小田急・・(無理やり)2200
京王・・2000(2700)旧1000(1900)3000
西武・・351、501、551、701(601,801)、101(301)
東武・・記憶せず
京成・・旧の1900(見たことない)
営団(東京都)・・地下鉄なのでなし
相鉄・・旧5000

今でも残っているのは西武の101と京王の3000だけである。ただ西武101はピラーで窓分割をしているので純粋な湘南形とは違う。となると京王が唯一の生き残りだ。
上表を見てもわかるように多用したのは京急、西武、京王 うち京急は独特の顔なので従姉妹のようなものか。西武は551から先は101顔でこれまた親戚のような感じだから京王が兄弟というのが最適だろう。

その3000,14Fが未だあの顔で残っているのである。これは1000系の室内LED装着のための運用離脱が原因でそれが解消すれば廃車になることと思う。3000のリニューアル車は湘南形とは幾分異なるのでやはり親戚になってしまうのだろう。

顔の変化を追ってみると京急は独自のスタイルを貫くタイプ(今だと600,2100,1000がほぼ同じ)を抜けば大体時の流行に左右されている。一時は小田急9000顔が流行ったが、今はメトロ顔が流行っているようである。(西武6000、東急3000、5000、相鉄8000,9000、京成3000)

地方に行けば幸いなことにまだまだ現役の3000ではあるが、長年住み慣れた関東から絶滅するのは時間の問題になってきた。

SN250722.JPG
渋谷駅にて 今日は急行運用に

SN250719.JPG

この東急車輛も懐かしい

追伸 井の頭線に関しての期待のblogが登場。ここです。

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