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2004.09.26

小林靖子女史

特撮ファンになって何年だろう。仮面ライダーV3からだからかれこれ30年強になる。未だ楽しみに見ているのだから鉄道趣味と同等と思ってよいだろう。

子供の頃からスタッフクレジットを読むのが好きだった。当時は音楽担当や制作協力、現像所、殺陣などが理解できたのだが、監督や作家までは目が行っていなかった。原作「石森章太郎」これだけは忘れなかった。

高校生のときに「戦隊シリーズ」がはじまった(諸説あるがゴレンジャーは別物と私は認識している)バトルフィーバーJであったが、荒削りの中にもロボ戦という新機軸を持ってきたのが新鮮に思えた。就職するまで見続けた。その後時間帯が変わるなどでしばらく離れていたが、「救急戦隊ゴーゴーファイブ」で本格的に復帰した。
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小林女史はこの作品のライターをやっていた。内容的にはもう一歩だったのだが、次作がすごかった「未来戦隊タイムレンジャー」である。タイトルから見ればなんだか意味不明の戦隊なのだが、ここ近年ではかなりハイレベルな仕上がりで、過去の戦隊モノでも屈指のデキだと思っている。今、巷で大人気の永井大(当時はマサル)が主演をしていた。このメインライターが小林女史だった。
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画像は戦隊最強の美女と言われた勝村美香演じるタイムピンク。好き嫌いはあって当然だがランキング上位であることは誰もが認めるはずだ

さらに続く。その2年後に復活した仮面ライダーの3作目「仮面ライダー龍騎」 これで本格的に花開いた。現作「ブレイド」まで込みで考えても未だ越えることできない作品である。
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小林女史の作品展開は大きな流れがあって、越えられない宿命やライバルがあり、人間心理がありそれに本能が負ける、打ち勝つなどのエピソードが入り、ときおりコミカルが入るという大局観を持ったもの。加えてすごいのが小さなエピソードを織り込み、その伏線を張った上できっちりと検証し、かつ最後まで枯らさない。恋愛も友情もライバルも宿命もすべて物語に盛り込み、それでいて無理な展開がない。とまさに精密機械のようなストーリー展開である。

ただ、唯一の欠点と言うか納得できないのが「エンディング」である。すべてを昇華させるためにリセットをしてしまうという安易な展開をどうしてもしてしまうのだ。

本題。今日小林女史初の他流試合「セーラームーン」の最終回があった。これとて過去の小林作品同様に細かなエピソードを寄せ集めるというみごとな展開だったのであるが、危惧していた最終回。やはりやられてしまったのである。
地球が爆破して終わった。そしてその現象を悲し苦しんだ主人公に復活の儀式を行わせ、自分は死ぬと言う展開、さらに不条理をなくすために新たな命を与えてハッピーエンドという「リングに賭けろ」真っ青の何度も生き返るゾンビシステムをここでも採用されてしまったのである。
龍騎のときもそうだった。主人公が戦いに負け死んでしまう。ライバルは最終決戦に臨むがボスキャラの心の乱れによる自爆でゲームセット。最後の願いが「全部復活」そして主人公が何事もなかったかのように元の生活に戻ってハッピーエンドだった。全く同じだ。

惜しい。実に惜しい。この最後のスタイルさえなければ天才脚本家としてもっともっと尊敬できるのであるが(もっとも十分尊敬に値しているのだが)小林女史にはこのエンディング、私にはわからないサインをだしているのであろうか?

小林女史のインタビューはここ

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