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2004.08.29

配給電車再び

事業用車両が好きだと以前書いた。しかし写真はあまりない。これはなぜか。
これは一番旬であった時期に大学生という幸運な時代を送ったにも関わらず「鉄道から足を洗っていた」という不幸なめぐり合わせが来てしまったということがあったからだ。
熱中していた昭和50年代前半、中学生でバイトもできず、実車より鉄道模型に熱中しており事業用車の写真を撮るなど考えも付かなかった。不幸は50年代後半にやってくる。
旧型国電の廃車である。これで燃え尽きた。まだまだ探せばいくらでも旧型国電はあったし、事業用車、地方私鉄などをこまめに回ればいくらでも素材は転がっていたのに全部捨てて、彼女作りとバンドに走ってしまった。

大学入学でさらに追い討ち。念願の鉄道研究会に入部もその部は「変な香具師の集まり」ということがわかり、なんとあれほど好きだった鉄道を毛嫌いしはじめた。業界では「ヤード貨物の廃止」「郵便荷物の廃止」などがささやかれいくらでも撮影のネタがあった。また貧乏国鉄末期は強引な改造や無茶な編入というゲテモノ乱発という非常に面白い時期だったが全く触手が動かず(というより知らなかった)

そして配給電車は新性能になった。郵便車が消え、やがて荷物も消えた。

時代ははるかに過ぎて平成12年である。ようやく撮影趣味が復活した。JRに目を向ければまだ間に合ったかもしれない。しかし私は私鉄に走った。そこで記録写真を撮っていたのだ。平成14年、ようやくJRの趣味(真実ならば国鉄で私の歴史は一度終わったから初めてのJR趣味)が戻った。もうそこにはゲテモノの勢力は消え、国鉄さえ追うのが難しいという現実があった。

が、嬉しいことに不況で貧乏国鉄末期を髣髴とさせるJR西にゲテモノ115やバラバラの転属、東205などこれからが楽しみなところも出てきた。

やっとタイトル、昨日大井工場の公開に行ったら新性能のクモルがいた。そう旧型時代は見ても記録ができなかった配給電車である。もう用途廃止らしいがけん引代用で車籍には残っているらしい。

間に合った。なんとか間に合った。

配給電車よ久しぶり! 俺は趣味に戻ってきたぜ!

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2004.08.28

mattoh師匠に送る さいたま俺のランチネタ

このblogをはじめるきっかけとなったmattohさんのblogに「今日のランチネタ」という毎回楽しみの書き込みがあるのですが、その支援になるのでしょうか? mattohさんとは違った地域、主に志木、朝霞、富士見、三芳地区のランチネタを書ける範囲で書いていこうと思います。

まず一発目はみずほ台駅下車5分程度の「俵屋」です。

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こんな外観ですが、お昼メニューの量がものすごいわけで・・ 下をご覧ください。

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本日の日替わり、マグロ串カツ定食ですがマグロ串カツ以外にこの店では絶対「刺身の舟盛り」が付きます。食後にコーヒーまで出て998円です。もう腹一杯です。

mattohさんはご自分のblogで少食宣言をなさったおられるので「どうぞ」とお勧めはできないのですが、達成した暁にはぜひお訪ねください。なお新館が東側にありますが、このお店は西側です。お間違えないように

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2004.08.21

平成クハニ事情

まだ国鉄だった頃、荷物列車、郵便荷物車などの「非旅客車両」というものが全国に多数存在した。客車であったり、気動車であったり、そして電車でもあった。そんな事業車の中に私はどっぷりと浸かっていたのだ。

中央線だと松本方向に行く中電には「クモユニ」もしくは「クモニ」がつながっておりその種類も多く、新宿の引き上げ線(今の特急折り返し線)のところでたくさん見たものだ。残念ながら写真をあまり撮っていない。

国鉄解体のちょっと前に全廃になり、事情が許さない房総地区を除いて全車用途廃止された。一部牽引車になったもの、クモハに返り咲いたものなどもあり、それは今も生きている。

さて、今日のこと、宇都宮線の115に「教習者」が入ったとの連絡があり、赤羽に出かけてみた。11両が115なので比較的追いやすい。残念ながら該当車には出会えなかったが、新聞輸送の電車に遭遇した。

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電光掲示板にはこう出る

電車の半分にカーテンをつけて荷物部分に区切る方法で、国鉄時代も気動車で専用の番台区分があったほどだ。(キハ25-400)内容的には同じ
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E231、半車もしくは2/3が荷物部分

驚いたのが211、全車荷物なのである

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荷物列車も専用車も消えたけど、どっこい生きているんだなと再認識、事業用車が好きな私にとって本当に懐かしく、嬉しく思える光景だった。

形式名はさしずめ
クハニE231
クニ211  しかしクニ211ってのはすごいですね。

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2004.08.14

福島競馬場に行きました

先月のことですが福島競馬場に行きました。宇都宮線にグリーン車が連結されましたから当然それを利用、その模様をここで書きました。競馬は翌日だったので黒磯で友人と交流、直流の機関車切り替えなどを眺めていました。
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金太郎が来て
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桃太郎に繋ぎ変えた 交流直流が切り替えられるからできる芸当

また構内では懐かしの釜飯の立ち売りがあった。
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が、この後が大変なことに。大雨で黒磯から先福島方向が不通になってしまったのだ。とりあえず友人の車で新白河まで送ってもらい(新幹線は平常通りだったので)そこで対応を考えることに。白河ラーメンでも食べて待っていると電車が到着、しかし動かない。聞いてみると「この列車に限り新幹線の振替輸送ができます。郡山までならキップのみで新幹線に乗れます」と伝えられた。そしてもらったのが下の振替証
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何とかこれで事なきを得たが、この大雨が後の新潟・福井の災害の予兆だったようだ。翌日は郡山駅で懐かしい三菱の旧型バスに遭遇
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競馬は負けました。一応写真です。騎手は名手岡部
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2004.08.06

テレビチャンピオンに出ました 4

決勝の収録が行われる前日の夜「今から明日の最終問題のチェックをお願いします」と携
帯に電話がありました。「自信がないですが頑張ってみます」とFAXを待ちました。
来たFAXはあまり鉄道には関係ない問題が多いのでしたが、それでもちょっと気になったことがあったので「ちょっとわかりづらい問題もあるみたいですね」と電話で答えたら「あの、もし良かったら明日、半日でもよいから収録に立ち会ってもらえないでしょうか」と要望がかかりました。明日は早目に切り上げてマッサージでも行こうと思っていましたので「では行きますよ」と答えました。

で、当日6時から仕事やっておおむね午前中には終わったので会場である地下鉄博物館に行きました。映画を流すところで収録していました。

ものすごい人の数(観客ではなくスタッフです)20人以上はいました。AD、D、音声、照明、効果その他で誰が誰だかわかりませんが、俗に言う「業界の掟」というものをはじめて見ました。あれ、フィクションかとおもったらノンフィクションでした。

例えば業界コーヒー、つまりこれも業界で言われる「一人一人味が完全に違うコーヒー」 こんなもの嘘だと思っていたら本当にあったのです。上記「おい** コーヒー 一つは砂糖、一つは薄めでミルク、一つは砂糖とミルク、一つはブラックで濃い目、早く用意しろ」(ちなみに女性がこれを要求しています)しかしこの注文を顔を見ただけで
わかる女性もすごいが、その後文句が出ないんだから作ったADもすごいとおもいました。

ギリギリに追い込むという部分ですが、こんなエピソードが最初の問題が予想に反してあっさり答えられてしまったのです。それも同じ回答者に、番組構成上ドキュメントじゃないんだから開始20分で優勝決定、残りは過去のチャンピオンの勇姿をご覧ください、ってわけには行きませんからさっそくAD怒られる「このバカヤロー、あんな簡単な問題出すんじゃねえょ、どうすんだ! えぇ・・ もっと考えて問題作れよバカ」と怒鳴られています。

そこからすごかったのは、すぐさま問題差し替えて、難易度を上げる、また解答方法をより受ける方向性にもって行き「即対応する」これでした。

会議のときにことごとく黙っていたり、私自身「自信あり」という問題に難色を示したのは「ネタの仕込み中」だったわけです。こういうピンチのときにネタを一気に加工して出してくる、電車でいえば阪神のジェットカーみたいな加速力です。この芸当はできませんね。またディレクターだけじゃなくて音声、撮影隊がすぐさま対応できる状態になっている、ADはこういうときの下地をすぐさま作れるんですよね。また小道具も多い(後述)とテレビ現場の真剣かつものすごい現場を見ました。

また逆に難易度が高すぎて正答がなかなか出ない時があります。今回で言うと大江戸マンのときがそうですが、そういうときは何するのかとおもったら「リサーチ」と称して解答を紙に書かせてDがチェック、誤答に×つけて返す。で誰かが正解出すまで繰り返すという作業をやります。正解が出たら「では今書いた解答をそのまま答えてくださいね」といって分かれます。なるほどこうやって工夫するのかと感心しました。

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ただいま撮影中
私の出番はあまりなく、ときどきADが来てコーヒー出してくれました。映像問題でレベルのチェックを求められました。OK出したら誤答が連発。結局リサーチがはじまった次第です。

ただ最後にチェックが来ました。「森下の芭蕉庵と船堀の金魚って何か関係あるんですか?」芭蕉庵は橋のたもとにあるのを知っているので自信がありましたが、船堀の金魚には悩みました。苦し紛れに「江戸川区は金魚の名産地ですから」(確か江戸川の用水を引いて金魚の養殖をしていた(篠崎あたりで)と聞いた覚えがあるので答えたら、解説に苦慮しているチャンピオンに向けてすぐさま画用紙が出てきて「森下 芭蕉庵がある」とか書かれたカンペになってしまいました。さすがにこれはまずいと思い、収録後ADに「後で調べておきますから、最悪違ったらカットしてください」とお願いしておきました。幸いなことに船堀と金魚は正解だったのですが、本放送ではこの部分はカットでした。

最後にロケ弁食べて帰宅の途についたのです。時間は21時あたりだと思います。視聴率もまずまずだったようで、鉄道ネタとしての番組作りは続行のようです。「何かありますか」後日ディレクターから電話があったので「東横線はいいですよ。自由が丘に代官山、みなとみらいもありますから」と答えたら「いいっすね! ニコタマも考えていたんですよ」と来たので「ニコタマもやるなら東急全般ですね。そうすると渋谷も金妻も南町田のアウトレットも出題範囲になります」と答えると「早速企画会議に出してみます。ところで東急って撮影に協力的ですか?」嗚呼、さすがテレビマン、もう撮影の可否まで考えているんですね。「大丈夫、専門の部署があるみたいですよ。もっともドラマに対してだけど、でも大丈夫ですよ」と答えておきました。
今回泣かされたのはメトロがあまり撮影に対しての許可を出して来なかったというところのようです。もう少し撮影させてもらえたらもっとよりよいものができたのではと思います。

実に良い体験をさせてもらいました。と同時にこのblogにコメントをくださったprimeraさんや紅蜂。さんのおかげで手記として残すことができました。記憶から記録に、後押ししてくださったのはお二人のお陰です。

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2004.08.03

メトロになってpart6 ありがとうlet's

メトロになってはじまったサービス「let’s enjoy Metro」にはまっています。自分のblogもあるのですが、お店関係はどうしてもあっちに書く機会が増えます。
なぜならあっちは「面白かったらgoodの評価がもらえる」なんですよ。もちろんこのblogも様々コメントをいただけてそれはそれは嬉しく、更新を忘れないように心がけていましたが、あちらも形が違えど評価システムがあるのが励みになります。
ココログを使っているように長い間Niftyのフォーラムに所属していました。コメントは来ますが評価というものはなかったです。おまけに文句や論争ばっかりで後半は引いてしまった方が多かったかなと思っています。
フォーラムが終焉を迎えるのと同時にblog形式のコミュニケーションがはじまり、こうやって楽しませてもらっています。niftyも今はblogをサービスを重要なキーにしているみたいですね。時代に即した対応はなかなか良いと思います。

頑張ったかいあって「今週のイチオシ特派員」というのに選んでもらえました。またまた励みになりました。ありがとうLet's これからもよろしく

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2004.08.01

テレビチャンピオンに出ました 3

金曜日に制作会社から電話がありました。内容は「すみませんけど作問を手伝ってもらえないでしょうか?」という連絡でした。何でだろうと理由を聞くと「制作側が鉄道に疎くて資料をかき集めて作ってはみたけどどうにも出来ない路線がある。なんとかフォローしてもらえないだろうか」とのこと。
良いですよ。と答えたら何と3時間で考えてくれ! との無茶な要求をしてきました。都営全線と南北、日比谷ができていません。ということで速攻で作って送りました。

そうしたら月曜日にまた電話がかかってきて「明日、ちょっとディレクターと打ち合わせして最後の詰めの監修をして欲しい」と要望があがりました。ついでに「今度はもうちょっと周辺の情報を交えて問題下さい」
って、前回全力で6問作ってまた要求してくるとは・・それも夜10時にかかってきて明日の朝までに頼む。ってやはり進行が押せ押せなんですね。

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制作スタッフから来たFAXと私が考えた作問

作問内容をチェックしてもらうのですがどうも顔色が良くない、聞くと「知識勝負ならカルトQなんですよ。そうではなくて周辺のネタでインパクトあるものが欲しい」とのこと。やはりテレビでバラエティなんですよね。ウンチク語るのは他でやって欲しいとのことです。

ただ前回出したものはそれなりに評価してもらえたので後は出題方法をどうするかというのをファミレスで延々と詰めました。しかしなかなか結論が出ないんですよね。スタッフって他にも仕事抱えているのにここまでギリギリに追い込んで果たして大丈夫なんだろうか? と心配したほどです。しかしその心配、収録のときにわかりました。とにかく収録では苦労の連続、それはまた次回のココログだ~~~

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講演会を仕切った話

事情により画像なしの投稿です。

7/31は私が関係している文京区教育委員会の区民向け講座で講演会がありました。
元々は区内にある「野球体育博物館」「サッカーミュージアム」「講道館」を巡ってスポーツの興味を持ってもらうという講座でした。その最終回として大物のゲストを呼ばねば そう思っていました。

評論家、作家、関係者などいろいろ手を尽くしましたが見つかりません。しかしようやく見つけることができました。
西武やダイエーの球団社長を歴任された坂井保之氏でした。著書「波乱興亡の球譜」を読みいたく感動していたのでもしお会いできたら話してみたい、そう思いお願いをしたところお受けくださったのです。

はじめてお会いしたのですが、一言
「おっかない人でした」

一流企業経験ましてや西武という常勝球団の基礎をお作りになった方ですからきっと厳しい方だろうなと思っていましたが予想通り。しかしただ闇雲に叱り飛ばすのではなく私の計画の甘さを「もっとどうして事前相談してくれないんだ。そういう理由ならもっと良い資料を出したぞ!」というお小言でした。

もう私は言い訳なんかできませんでしたね。このところ上司というのに全く遭遇していなかったので久しぶりに上司からカミナリを落とされた思いです。

お願い当初は主に西武や太平洋、ダイエーの話を伺おうかと思っていましたが、あの時と中身が変わりました。そうです1リーグの話が出てきたんですよ。ですんで坂井氏もいまやひっぱりだこの状態で、この講演の前日は朝まで生テレビにご出演されていたんですよね。今思えばものすごい人呼んでしまったと。

内容は多岐に渡って大変ためになりました。ご自身の肩書きである「野球経営評論家」、そうですね。経営論、超一流でした。とかく経営者は正攻法の道やコスト削減で利益を残すなどの常識的経営(もちろんこれが大事なのですが)を目指しますが、坂井氏は機を見れば敏というスクランブル作戦をいつも心に留めておき、責めの潮目が来たときに一気に攻める勘の良さや「一流たるもの一流の生活をしろ」と選手に対しての福利厚生の費用はケチらない、ドラフトに対しても十分な準備金を用意するなど金の使い方がわかっている方でした。

そうすると「金のあるところだからできるんじゃないの?」と疑問をもたれる方もおいででしょう。しかしでは金があったときに自分の手取りを下げてまで社員に還元する気持ちを持つ人はどれだけいますか? それで次にどれだけ金を生み出すかというコスト計算をされた方がいるでしょうか? そんなことを教えてもらいました。

「お聞きします、リスクが怖い、引き上げのポイントとタイミングは」という問いに氏は「最終的に君がリスクを全部背負えるか、そこだ! 500万赤字を出したらその責任はどうとる、退職で取るか、現金を戻すか その指示に必ず答えられるところまで計算してやるんだ! ただ成功したら成功報酬はしっかり取れよ!」という答えをされる坂井氏の目には優しい笑顔がありました。

ああ、この人って根っからの経営者なんだなって思いました。著書にサインをいただきました。一生の宝です。

#こんな感じだから記念撮影なんて申し出る余裕がなくて・・ したがって画像なしです。

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